これはいったいどういう状況なんだろう、って思いながら私は目の前の凛ちゃんの顔をぼんやりと眺めていた。
更衣室で二人きり。
ロッカーの扉に背中を預けている私と、肩の横に突かれた凛ちゃんの手。
いわゆる壁ドン。
慌てて逃げようと思ったけれど、ドアのある側に突いた凛ちゃんの手はそれを許してはくれなさそうで、諦めてため息を吐いたのは一分ほど前のこと。
初めて会ったときも綺麗な子だなって思ったけれど、こうして端正な顔立ちを間近で見ているとつくづく、美人だなって思う。
眉間の皺と引き結んだ唇が、凛ちゃんが今怒ってるんだってことを伝えてくるのに、私は妙に冷静になってしまっている。相変わらずお肌もつるつるで、そういえば冬の乾燥に悩んでいる時、凛ちゃんはスキンケアってどうしてるんですか?って訊いたけど別に普通だよ、なんて答えしかもらえなかったのを思い出す。
「卯月」
顔を見たまま何も言いださない私にしびれを切らしたのか、凛ちゃんは詰問口調で呼び掛けた。
「答えてよ」
促す声がやっぱり怒ってるんだっていうことを主張しているけれど、細められた瞳には悲しそうな色が浮かんでいて、胸の奥がチクリと痛む。
私だって、そんな顔させたい訳じゃないんです。
でも、正直に答えたら凛ちゃん困っちゃうじゃないですか。
「凛ちゃんの気のせいじゃないですか?私はいつもどおりですよ」
「でも」
「昨日もお仕事で一緒だったし、普通にお話ししてたし、今日だってレッスンが終わったからこれから一緒に帰るんですよ」
だから、
私は凛ちゃんを避けてなんかいません。
そう言って真っ直ぐ目を見たら、きっと人に対して怒ることに慣れていないだろう凛ちゃんは明らかに怯んだ様子で目を逸らした。
言ったことは嘘じゃないけれど、本当でもない、少しだけの罪悪感。
私のこと避けてるよね、って凛ちゃんは言った。
「ね、凛ちゃん、帰ろう?一緒に」
ゆっくりと丁寧に口に出したら子どもに言って聞かせるような口調になってしまったけれど、凛ちゃんは小さく頷いて横に突いたままだった手を下ろしてくれた。
避けてなんかいないよ。それは本当。
だけどね、凛ちゃん。
足元の鞄を持って凛ちゃんに背を向けて、私はドアに向かった。
このまま二人きりでいると余計なことを言ってしまいそうで怖い。
「卯月」
「…なんですか?凛ちゃん」
ロッカーの扉を閉める音。凛ちゃんが近づいてくる気配がする。
私は振り向かないで待っている。
一歩、二歩、靴音。
きっと振り向けばすぐそこに凛ちゃんは立っている。
私はそんな勇気すらないのに、逃げることもできずに淡い期待を抱いたまま立ち竦む。
期待って、何?
私と凛ちゃんはアイドルで、仲間で、友達で。
「ごめん」
少しくぐもった声。私の肩に額を押しつけて、たぶん凛ちゃんは俯いてる。
ふわっと凛ちゃんのいつも纏っているお花の香りがして、心臓がきゅっと締め付けられるように苦しくて、こんなときどうしたらいいのかなって思いながら、やっぱり私は何もできないし、何も言えない。
そのまま反応を返さずに黙っている私の手に凛ちゃんの手がそっと触れてきて、軽く握るように動く。
ねえ凛ちゃん、そんな風に触れないで。
勘違いなんかさせないで。
喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、ほんの少しだけ握り返したら、凛ちゃんは今度は私の手を強く握って、もう一度ごめんって呟いた。
更衣室で二人きり。
ロッカーの扉に背中を預けている私と、肩の横に突かれた凛ちゃんの手。
いわゆる壁ドン。
慌てて逃げようと思ったけれど、ドアのある側に突いた凛ちゃんの手はそれを許してはくれなさそうで、諦めてため息を吐いたのは一分ほど前のこと。
初めて会ったときも綺麗な子だなって思ったけれど、こうして端正な顔立ちを間近で見ているとつくづく、美人だなって思う。
眉間の皺と引き結んだ唇が、凛ちゃんが今怒ってるんだってことを伝えてくるのに、私は妙に冷静になってしまっている。相変わらずお肌もつるつるで、そういえば冬の乾燥に悩んでいる時、凛ちゃんはスキンケアってどうしてるんですか?って訊いたけど別に普通だよ、なんて答えしかもらえなかったのを思い出す。
「卯月」
顔を見たまま何も言いださない私にしびれを切らしたのか、凛ちゃんは詰問口調で呼び掛けた。
「答えてよ」
促す声がやっぱり怒ってるんだっていうことを主張しているけれど、細められた瞳には悲しそうな色が浮かんでいて、胸の奥がチクリと痛む。
私だって、そんな顔させたい訳じゃないんです。
でも、正直に答えたら凛ちゃん困っちゃうじゃないですか。
「凛ちゃんの気のせいじゃないですか?私はいつもどおりですよ」
「でも」
「昨日もお仕事で一緒だったし、普通にお話ししてたし、今日だってレッスンが終わったからこれから一緒に帰るんですよ」
だから、
私は凛ちゃんを避けてなんかいません。
そう言って真っ直ぐ目を見たら、きっと人に対して怒ることに慣れていないだろう凛ちゃんは明らかに怯んだ様子で目を逸らした。
言ったことは嘘じゃないけれど、本当でもない、少しだけの罪悪感。
私のこと避けてるよね、って凛ちゃんは言った。
「ね、凛ちゃん、帰ろう?一緒に」
ゆっくりと丁寧に口に出したら子どもに言って聞かせるような口調になってしまったけれど、凛ちゃんは小さく頷いて横に突いたままだった手を下ろしてくれた。
避けてなんかいないよ。それは本当。
だけどね、凛ちゃん。
足元の鞄を持って凛ちゃんに背を向けて、私はドアに向かった。
このまま二人きりでいると余計なことを言ってしまいそうで怖い。
「卯月」
「…なんですか?凛ちゃん」
ロッカーの扉を閉める音。凛ちゃんが近づいてくる気配がする。
私は振り向かないで待っている。
一歩、二歩、靴音。
きっと振り向けばすぐそこに凛ちゃんは立っている。
私はそんな勇気すらないのに、逃げることもできずに淡い期待を抱いたまま立ち竦む。
期待って、何?
私と凛ちゃんはアイドルで、仲間で、友達で。
「ごめん」
少しくぐもった声。私の肩に額を押しつけて、たぶん凛ちゃんは俯いてる。
ふわっと凛ちゃんのいつも纏っているお花の香りがして、心臓がきゅっと締め付けられるように苦しくて、こんなときどうしたらいいのかなって思いながら、やっぱり私は何もできないし、何も言えない。
そのまま反応を返さずに黙っている私の手に凛ちゃんの手がそっと触れてきて、軽く握るように動く。
ねえ凛ちゃん、そんな風に触れないで。
勘違いなんかさせないで。
喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、ほんの少しだけ握り返したら、凛ちゃんは今度は私の手を強く握って、もう一度ごめんって呟いた。