「凛ちゃん、今日はありがとうございました!」
「え?ああ、いや、どういたしまして?」
疑問系で答える凛ちゃんが可愛くて、えへへ、って笑ったら凛ちゃんはちょっと困ったような顔をして目を逸らした。
最近では本当に珍しい、私と凛ちゃん二人ともお仕事もレッスンもない、本当に何もない日。
昨日の夜連絡があって急遽空いたスケジュールに少し迷ってから電話をして、いつもだったら、卯月?って凛ちゃんが言い終わるのをしっかり待ってから話し始めるのに、繋がった途端に凛ちゃん!って呼び掛けたからびっくりさせてしまったのを思い出してちょっとだけ反省する。
学校が終わってから待ち合わせて、気になっていた雑貨屋さんを覗いたり、凛ちゃん行きつけのペット用品店に寄ったり(凛ちゃんはしっかりハナコちゃんのおやつを買って、店主のおばさんと少し話し込んでいた)、CDショップで皆の曲が並んでいるコーナーを見に行ったり。
それから今は、いつもは通りすぎるだけのちょっとオシャレなカフェで一緒にカフェラテを飲んでいる。
壁際のカウンター席に並んで座ると、向かい合わせに座っているよりも距離が近くて、少し混んでいたからなのか凛ちゃんが声のトーンを下げて喋るからなんだか少しどきどきする。
お仕事でもレッスンでもないのに一緒に居られることなんて最近は本当に少なかったから浮かれてるなぁって自分で思うけれど止められなくて、今日は思ったことがそのまま口から出てしまう。
「なんだか、放課後デートみたいで楽しかったです」
あ、言っちゃった。
そう思った時にはもう遅くて、凛ちゃんはまたぎこちなく目を逸らして、そっか、なんて言いながらもうすっかり冷めたカフェラテを無意味にかき混ぜている。
変なこと言うんじゃなかったかなと思う反面、やっぱり期待してもいいのかなって思ってしまう。
そういうのだめだよって自分自身に言い聞かせようとしていたはずの清く正しいアイドルの私はもうずっと前に白旗を挙げていて、こんな風に不用意な発言をするのを止めようともしない。
凛ちゃんを試している訳じゃなくて、たぶん自制がうまくできないだけで、私がこんなことを言うたび、いつも凛ちゃんは少し困った顔をして目を逸らす。
「そういえば、凛ちゃん。TPの新曲、仮録り終わったって言ってましたけど」
「ああ、一応ね。レコーディングは来週だけど」
「今回はどんな曲ですか?私、すっごく楽しみです」
「良かったら聴いてみる?仮録りの音源貰ってきてるけど」
「え、いいんですか?」
「うん、いいよ」
わくわくしながら、凛ちゃんが鞄から出してくれたプレーヤーのイヤホンを耳につけて再生ボタンを押す。
ピアノだけのイントロ、続くAメロ。バラードなのかなって思っていたら、徐々に速くなるテンポ。転調。
全部の音が一瞬消えて半拍後、凛ちゃんの強い声から始まるサビ。
あ、これ、って。
「卯月?」
頭の奥、反響する声。
地声ギリギリの高いキーで、叫ぶように、どこか切なそうに響く声。
凛ちゃんのこんな歌、聴いたことない。
「卯月、ってば」
それ以上聴いていられなくて、私はイヤホンを外して少し固まった。
だってこの曲、恋の歌だ。
「ええと、あの、凛ちゃん歌い方いつもと違っててびっくりしました」
「そう?」
「そうですよ。…なんだか、その、歌詞が自分に言われてるみたいに思っちゃいます」
ファンの人たちもきっとそうですよ。
冗談半分に言ってえへへ、と笑って凛ちゃんの方を向いたら、私を見ていた凛ちゃんと目が合った。
「ぁ…」
どう、しよう。
今のは、きっと本当にだめだった。
だって凛ちゃんの瞳はゆらゆら揺れていて、何か言いたそうな顔をしている。
「…卯月」
そんな声で、呼ばないで。
私は必死に目を逸らして、凛ちゃんにそろそろお店出ましょうか、と言いながら席を立って。
「凛ちゃん」
「ん」
「今日はもう少しだけ、時間をください」
限界なんてあっという間に来てしまう。
「卯月」
街が夕闇に染まる頃、辿り着いたいつもの公園。
声をかけられて、思わず足が止まる。さっきまで並んで歩いていたはずなのにいつの間にか凛ちゃんは私の数歩後ろにいて、でも足を止めた私に追い付いてくるわけでもなく、そのまま距離を取り続けている。
振り向いて凛ちゃんを見たら目が合って、綺麗な形の眉が下がっていて、ああやっぱり困らせているんだ、って思いながら私は一歩だけ距離を縮めた。凛ちゃんは一瞬その分下がろうとしたけど踏み止まってじっと私を見ている。
「私、本当は言わないつもりでした」
だって私たちはアイドルで、仲間で、友達で。
でも。
「凛ちゃん、気づいてますよね」
凛ちゃんは目を泳がせて、でもやっぱり何も言わずに黙っている。
私はもう一歩距離を詰めて、凛ちゃんの制服のカーディガンを右手で少しだけ掴んで、おそるおそる凛ちゃんの目を見る。
「…言ってもいいですか?」
凛ちゃんは微かに唇を動かして何か言おうとしたけど結局何も言わないまま口を閉じるから、私はいいのかな、って躊躇して、少しだけ待ったけど凛ちゃんは無言のまま。
「凛ちゃん」
本当は目を見て言いたかったのにいざとなるとどうしても怖くて、私は下を向いて一度目を閉じてから、息を吸い込んで言った。
「私、凛ちゃんのこと好きです」
言った瞬間、凛ちゃんは身体を小さく震わせて、拳をぎゅっと握りしめた。
「好き、なんです」
「…っ!」
顔を上げたら、凛ちゃんは苦しそうな表情で顔を背けていて。
「凛ちゃん」
何か言ってください、って思うのに。
私は掴んでいた凛ちゃんの制服を引いて、それでも黙ったままの凛ちゃんの肩口に額を押し付けて、お願い、って小さく声に出して。
「凛ちゃん、私のこと、好き、ですよね」
ずっと胸の奥に仕舞い込んでいた問いをぶつけた。
それは自惚れでも何でもなかった。
あの時だけじゃない。凛ちゃんはずっと私を見ていた。それはたぶん私が凛ちゃんを見ているのと同じくらいの頻度と熱を持っていて。
一緒にいる間は凛ちゃんと目が合うことが本当に多くて。
何気なく言った言葉を覚えていてくれたり、仕事と仕事の間の僅かな時間を縫って会いに来てくれたり、考えてみれば凛ちゃんの好意を感じることが多すぎた。
今だって凛ちゃんの右手は私の肩を掴もうとして、でも行き場のないまま震えている。
怖いんだ、って分かるのに。もう戻れない私は凛ちゃんを追いつめることしかできない。
「凛ちゃ…!」
苦しい。
名前を呼ぼうと顔を上げた瞬間、身体に強い圧迫を感じて、凛ちゃんに抱き締められていることを知る。
比喩ではなく痛いくらいの強さに反射的に身体を離そうとして、より強く引き寄せられ閉じ込めるように抱き竦められて。
私の耳には凛ちゃんの少し速い呼吸音が聞こえるだけ。
ようやく状況に理解が追い付いて身体の力を抜くと、凛ちゃんも拘束を緩めてくれる。
「卯月」
凛ちゃんの声。
いつもは丁寧に私を呼ぶその声が、震えている。
「好き」
息を飲む。
呼吸が止まる。
心臓が嘘みたいに痛い。
「卯月のことが、好き」
「…凛、ちゃん」
酷く苦しそうで泣きだしそうな声。
ずっと欲しかった筈のたったひとつの言葉。
身じろぎすると拘束が解けて、ようやく正面から見ることができた凛ちゃんの顔は目に涙が滲んでいて。
きっとそれは私も同じで。
「あの、凛ちゃん」
「…なに?」
「凛ちゃんのこと、好きでいても、いいんですよね」
おそるおそる上目遣いで言ったら、凛ちゃんは一瞬固まってからお腹を抱えて笑い始めた。
「えぇ?なんで笑うんですか」
私は真面目に訊いてるんですよって少し怒ってみせても効果は無くて、たっぷり一分は笑ってから凛ちゃんは口を開いた。
「…ふふ、もちろんいいよ」
「もう、何の返事か分からないです」
「ごめん。…あのさ」
「はい?」
「私も、卯月のこと好きでいてもいいよね?」
まるでステージの上みたいな、自信たっぷりの表情で。
私の大好きな、可愛くてカッコいい凛ちゃんが言うから。
「はいっ!」
私は今できる一番の笑顔で答えて、思いきり凛ちゃんに抱きついた。
「え?ああ、いや、どういたしまして?」
疑問系で答える凛ちゃんが可愛くて、えへへ、って笑ったら凛ちゃんはちょっと困ったような顔をして目を逸らした。
最近では本当に珍しい、私と凛ちゃん二人ともお仕事もレッスンもない、本当に何もない日。
昨日の夜連絡があって急遽空いたスケジュールに少し迷ってから電話をして、いつもだったら、卯月?って凛ちゃんが言い終わるのをしっかり待ってから話し始めるのに、繋がった途端に凛ちゃん!って呼び掛けたからびっくりさせてしまったのを思い出してちょっとだけ反省する。
学校が終わってから待ち合わせて、気になっていた雑貨屋さんを覗いたり、凛ちゃん行きつけのペット用品店に寄ったり(凛ちゃんはしっかりハナコちゃんのおやつを買って、店主のおばさんと少し話し込んでいた)、CDショップで皆の曲が並んでいるコーナーを見に行ったり。
それから今は、いつもは通りすぎるだけのちょっとオシャレなカフェで一緒にカフェラテを飲んでいる。
壁際のカウンター席に並んで座ると、向かい合わせに座っているよりも距離が近くて、少し混んでいたからなのか凛ちゃんが声のトーンを下げて喋るからなんだか少しどきどきする。
お仕事でもレッスンでもないのに一緒に居られることなんて最近は本当に少なかったから浮かれてるなぁって自分で思うけれど止められなくて、今日は思ったことがそのまま口から出てしまう。
「なんだか、放課後デートみたいで楽しかったです」
あ、言っちゃった。
そう思った時にはもう遅くて、凛ちゃんはまたぎこちなく目を逸らして、そっか、なんて言いながらもうすっかり冷めたカフェラテを無意味にかき混ぜている。
変なこと言うんじゃなかったかなと思う反面、やっぱり期待してもいいのかなって思ってしまう。
そういうのだめだよって自分自身に言い聞かせようとしていたはずの清く正しいアイドルの私はもうずっと前に白旗を挙げていて、こんな風に不用意な発言をするのを止めようともしない。
凛ちゃんを試している訳じゃなくて、たぶん自制がうまくできないだけで、私がこんなことを言うたび、いつも凛ちゃんは少し困った顔をして目を逸らす。
「そういえば、凛ちゃん。TPの新曲、仮録り終わったって言ってましたけど」
「ああ、一応ね。レコーディングは来週だけど」
「今回はどんな曲ですか?私、すっごく楽しみです」
「良かったら聴いてみる?仮録りの音源貰ってきてるけど」
「え、いいんですか?」
「うん、いいよ」
わくわくしながら、凛ちゃんが鞄から出してくれたプレーヤーのイヤホンを耳につけて再生ボタンを押す。
ピアノだけのイントロ、続くAメロ。バラードなのかなって思っていたら、徐々に速くなるテンポ。転調。
全部の音が一瞬消えて半拍後、凛ちゃんの強い声から始まるサビ。
あ、これ、って。
「卯月?」
頭の奥、反響する声。
地声ギリギリの高いキーで、叫ぶように、どこか切なそうに響く声。
凛ちゃんのこんな歌、聴いたことない。
「卯月、ってば」
それ以上聴いていられなくて、私はイヤホンを外して少し固まった。
だってこの曲、恋の歌だ。
「ええと、あの、凛ちゃん歌い方いつもと違っててびっくりしました」
「そう?」
「そうですよ。…なんだか、その、歌詞が自分に言われてるみたいに思っちゃいます」
ファンの人たちもきっとそうですよ。
冗談半分に言ってえへへ、と笑って凛ちゃんの方を向いたら、私を見ていた凛ちゃんと目が合った。
「ぁ…」
どう、しよう。
今のは、きっと本当にだめだった。
だって凛ちゃんの瞳はゆらゆら揺れていて、何か言いたそうな顔をしている。
「…卯月」
そんな声で、呼ばないで。
私は必死に目を逸らして、凛ちゃんにそろそろお店出ましょうか、と言いながら席を立って。
「凛ちゃん」
「ん」
「今日はもう少しだけ、時間をください」
限界なんてあっという間に来てしまう。
「卯月」
街が夕闇に染まる頃、辿り着いたいつもの公園。
声をかけられて、思わず足が止まる。さっきまで並んで歩いていたはずなのにいつの間にか凛ちゃんは私の数歩後ろにいて、でも足を止めた私に追い付いてくるわけでもなく、そのまま距離を取り続けている。
振り向いて凛ちゃんを見たら目が合って、綺麗な形の眉が下がっていて、ああやっぱり困らせているんだ、って思いながら私は一歩だけ距離を縮めた。凛ちゃんは一瞬その分下がろうとしたけど踏み止まってじっと私を見ている。
「私、本当は言わないつもりでした」
だって私たちはアイドルで、仲間で、友達で。
でも。
「凛ちゃん、気づいてますよね」
凛ちゃんは目を泳がせて、でもやっぱり何も言わずに黙っている。
私はもう一歩距離を詰めて、凛ちゃんの制服のカーディガンを右手で少しだけ掴んで、おそるおそる凛ちゃんの目を見る。
「…言ってもいいですか?」
凛ちゃんは微かに唇を動かして何か言おうとしたけど結局何も言わないまま口を閉じるから、私はいいのかな、って躊躇して、少しだけ待ったけど凛ちゃんは無言のまま。
「凛ちゃん」
本当は目を見て言いたかったのにいざとなるとどうしても怖くて、私は下を向いて一度目を閉じてから、息を吸い込んで言った。
「私、凛ちゃんのこと好きです」
言った瞬間、凛ちゃんは身体を小さく震わせて、拳をぎゅっと握りしめた。
「好き、なんです」
「…っ!」
顔を上げたら、凛ちゃんは苦しそうな表情で顔を背けていて。
「凛ちゃん」
何か言ってください、って思うのに。
私は掴んでいた凛ちゃんの制服を引いて、それでも黙ったままの凛ちゃんの肩口に額を押し付けて、お願い、って小さく声に出して。
「凛ちゃん、私のこと、好き、ですよね」
ずっと胸の奥に仕舞い込んでいた問いをぶつけた。
それは自惚れでも何でもなかった。
あの時だけじゃない。凛ちゃんはずっと私を見ていた。それはたぶん私が凛ちゃんを見ているのと同じくらいの頻度と熱を持っていて。
一緒にいる間は凛ちゃんと目が合うことが本当に多くて。
何気なく言った言葉を覚えていてくれたり、仕事と仕事の間の僅かな時間を縫って会いに来てくれたり、考えてみれば凛ちゃんの好意を感じることが多すぎた。
今だって凛ちゃんの右手は私の肩を掴もうとして、でも行き場のないまま震えている。
怖いんだ、って分かるのに。もう戻れない私は凛ちゃんを追いつめることしかできない。
「凛ちゃ…!」
苦しい。
名前を呼ぼうと顔を上げた瞬間、身体に強い圧迫を感じて、凛ちゃんに抱き締められていることを知る。
比喩ではなく痛いくらいの強さに反射的に身体を離そうとして、より強く引き寄せられ閉じ込めるように抱き竦められて。
私の耳には凛ちゃんの少し速い呼吸音が聞こえるだけ。
ようやく状況に理解が追い付いて身体の力を抜くと、凛ちゃんも拘束を緩めてくれる。
「卯月」
凛ちゃんの声。
いつもは丁寧に私を呼ぶその声が、震えている。
「好き」
息を飲む。
呼吸が止まる。
心臓が嘘みたいに痛い。
「卯月のことが、好き」
「…凛、ちゃん」
酷く苦しそうで泣きだしそうな声。
ずっと欲しかった筈のたったひとつの言葉。
身じろぎすると拘束が解けて、ようやく正面から見ることができた凛ちゃんの顔は目に涙が滲んでいて。
きっとそれは私も同じで。
「あの、凛ちゃん」
「…なに?」
「凛ちゃんのこと、好きでいても、いいんですよね」
おそるおそる上目遣いで言ったら、凛ちゃんは一瞬固まってからお腹を抱えて笑い始めた。
「えぇ?なんで笑うんですか」
私は真面目に訊いてるんですよって少し怒ってみせても効果は無くて、たっぷり一分は笑ってから凛ちゃんは口を開いた。
「…ふふ、もちろんいいよ」
「もう、何の返事か分からないです」
「ごめん。…あのさ」
「はい?」
「私も、卯月のこと好きでいてもいいよね?」
まるでステージの上みたいな、自信たっぷりの表情で。
私の大好きな、可愛くてカッコいい凛ちゃんが言うから。
「はいっ!」
私は今できる一番の笑顔で答えて、思いきり凛ちゃんに抱きついた。