ベッドで横になったまま、ぽつり、ぽつりと交わしていた会話が途切れて、凛ちゃんが私の背中越しに腕を伸ばした。
なに?って思って振り返ると、長い腕の先、サイドテーブルに置いてある時計を指差して、もうすぐだよ、と言う。

カチッ、カチッと規則正しく進む時計の秒針は、あと四分の一くらいの距離を移動すると長針と短針、それから秒針が一直線に重なって、つまり日付が変わる。
ああ、そうだった、明日は私の誕生日。

「そういう」とき特有の気だるさのまま、ぼんやりと秒針の進むのを見ていると、三つの針が重なった瞬間、凛ちゃんの手が私の肩を抱いて、耳許でおめでとうと囁く。そのまま耳朶を柔く唇で食むから、私は制止の意味を込めて、凛ちゃん、と少し強い声で呼ぶ。

「やだった?」

頭の後ろ、少し高い位置から聞こえてくる声から、たぶん凛ちゃんが身体を起こしているのだろうと察する。
そのまま私がなにも言わないでいるから、どうやら拒絶していると受け取ったらしい凛ちゃんが離れようとするのを、肩に置かれていた手を掴んで阻止する。
うづき?と困惑の色を帯びた声がして、でも私は何も言わないまま逃がさないように凛ちゃんの細くて長い綺麗な指に自分の指を絡ませた。

「あのね、凛ちゃん」

「うん」

「聞いて欲しいことがあるんです」

「…なに?」

私の意図が読めないみたいで、警戒するような凛ちゃんの声音に私は少しだけ笑って、そんなに深刻な話じゃないんです、って前置きをする。

「私、アイドルになる前、誕生日があんまり好きじゃなかったんです」

小さい頃からそうだったわけじゃない。
パパもママも、それから離れて暮らしてるおじいちゃん、おばあちゃんも、とにかく皆が祝ってくれて、たぶんとても幸せだったと思う。
けれど中学生くらいから少しだけ苦手になってしまった。家族も友達も祝ってくれて幸せなのに、部屋に戻って一人になったときにため息をつくようになった。

「養成所に通っていたとき、辞めていった子をたくさん見てきたんです。…もう辞め時かな、って皆言うの」

そろそろ進路も考えなきゃいけないし、見込みないみたいだから。

言葉は違っても言ってることは皆同じ内容だった。
卯月ちゃんは大丈夫だよ、ってそれも一緒。卯月ちゃんも考えた方がいいかもね、なんて言う子もいた。
だから私は誕生日が来てひとつ年が増えるたび、もう残された時間が多くないことに焦りを感じていた。
アイドルを夢見ていられる時間だって、そう長くはない。

「私、諦められなくって。毎日頑張って、ずっと諦めないでいられるなんて強いねって言われてたけど本当は」

本当は、諦めることすらできなかった。できることなら諦めたかった。
養成所を辞めていった子たちは、すぐにアイドルを目指さない道を見つけることができたようで、でも私は諦めたらそのあとに何が残るんだろうって怖くて。

だからプロデューサーさんに声を掛けてもらって、アイドルになれて、本当に嬉しかった。けれど「あの時」の私は養成所で誰にも気づかれずに焦りを募らせていた時と結局は同じだった。
シンデレラだって夢を見ているときの方が幸せだったのかもしれない。

ひとしきり話終えて、聞いてくれてありがとう、って凛ちゃんに声を掛けたら凛ちゃんは未だ私に捕まっている手の指先に少し力を込めて、それからもう片方の手で私の髪を梳く。たぶん言葉を探しているんだ、って思って私は指を解放すると、身体を捻って凛ちゃんの方を向いた。

しばらく見ていなかった凛ちゃんは少し悲しそうに眉尻を下げて困ったような顔をしていて、そんな顔しないで、って手を伸ばして凛ちゃんの眉間の皺を指で押した。

「ねえ、凛ちゃん」

「ん」

「プロデューサーさんと凛ちゃんに会いに行ったの、覚えてますよね。公園で初めてお話したの」

「もちろん」

「あの日っていつだったか覚えてますか?」

「いつ、って。私たちがアイドルになった年の、その、桜がまだ咲いてたから四月の中旬くらいかな」

「ぶっぶー。違います」

「えぇ?卯月は覚えてるんだ?」

「もちろん」

えっへん、と笑ったら真似したでしょ、と凛ちゃんが頬をつつく。

「あのですねぇ、あの年は暖かくなるのが遅くて都内は入学シーズンにはまだ桜は七分咲きだったんです」

「うん」

「その上あの公園の桜は場所のせいか開花が他より遅いんだそうです」

「…?うん」

前に凛ちゃんと待ち合わせしてるとき、管理人らしきおじいさんに聞いたんです。

「つまりどういうことかと言うとあの日は四月の下旬だったというわけです」

「…まさか」

「ふふ、そのまさかだよ」

あの日私はいつも通り学校が終わった後レッスンに来ていて、そこにプロデューサーさんがやってきて、これから候補の子のところに行くということを聞いてついていった。そこで、凛ちゃんに会えた。

「…本当に?いや、信じてないわけじゃないけど」

「本当だよ。だからあの時、きっと凛ちゃんと一緒にアイドルできる、って思ったの」

根拠も何もないけれど。

「ありがとう、凛ちゃん」

「え、私なにもしてないけど」

してるよ、って言って凛ちゃんの頬を両手で挟んでぐいっと引き寄せる。

「ふふ、凛ちゃん」

「なに」

凛ちゃんの声がまた警戒するような色を帯びるのを無視して私は凛ちゃんの脚に軽く自分の脚を絡めた。

「私、今日、誕生日なんです」

「知ってるよ?」

「だからね、その、いっぱい凛ちゃんが欲しいなあって」

「…卯月」

はあ、と深くため息をついて凛ちゃんが唇をへの字に曲げる。
何か間違えたのかな。恥ずかしいの我慢して頑張って言ったのに。

「そういう誘い方どこで覚えてきたの」

「べ、べつにどこでもないですよぉ」

「ああ、もう。知らないからね」

「ん、りんちゃん、」

ガブリと噛みつくようにキスされて、もう何も言えなくなって目を閉じて、凛ちゃんのことだけを感じて。

私は今、幸せだよ。

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