うづき、って凛ちゃんが私を呼ぶ声が好き。
話しているときの声も、歌声も、とても綺麗で好きだけれど、私の名前を呼ぶ時の凛ちゃんの声が一番好き。

ひとくちに呼ぶ声と言っても実は色んな種類がある。
口数が多い方ではない凛ちゃんだけれど、声音で何となく分かることも増えてきた。
一番耳にすることが多い普段の声はとても優しくて、あまり言ってくれないけれど、大好きって言われているみたいでデレデレ(未央ちゃん談)してしまう。
呆れるような、嗜めるような声音のときは、一緒のお仕事の時に聞くことが多いかもしれない。仕方ないなあ、しっかりしてよ、という意味を込めて。
困ったなあ、みたいな感じの時もあって、そういう時は私が凛ちゃんにくっつきたくて触っていることが多いかな。

それから、今みたいにちょっと寂しそうで弱々しい声は、凛ちゃんが私に甘えたい時。

少し離れたところでフローリングの床に直接ぺたりと座り込んだ凛ちゃんがソファにいる私を、うづきぃって呼びながら、それでも背中を向けているのはきっと恥ずかしいから。それから、私にそばに来てほしいから、なんだよね?
でも行ってあげない。
単純にくっつきたいだけなら、すぐに隣に来ているはず。
部署のみんな曰く、意地っ張りなことにかけてはほぼ互角の私たちはお互いに甘えることはそんなに多くなくて、こういうことは珍しいと言っていい。
だから、どうしても凛ちゃんの方から近寄ってきてほしくて、なあに、凛ちゃん?と返事をするだけ。
さっきからこっちをチラチラと窺っているけれど、私は何も分からないふりをしてにこにこと笑って、ん?と首をかしげてみせる。
こういうこと、凛ちゃんは私が分かっててしてるの気付いているのかな。凛ちゃんの反応を見る限りは気付いてないようだけれど。

「凛ちゃん」

諦めたのか、いじけたのか、膝を抱え込んで黙ってしまった凛ちゃんに助け船を出す。
意外に素直に振り向いた凛ちゃんに手を広げて、おいでって言ったら少しだけ迷った様子で、でもやっぱり素直に近寄ってくる。
それから私の隣にちょこんと座って、やっぱり今日の凛ちゃんはとっても可愛らしい。

「凛ちゃん、ここ」

俯き気味の横顔を見ながらぽんぽんと自分の膝を叩いたら、凛ちゃんはこっちを向いてちょっと驚いて、それから目を逸らして頬を淡く染めた。

「いいの?」

「はい!凛ちゃん最近忙しかったでしょう?お疲れな凛ちゃんに膝枕してあげたいなあって」

本当はしてあげたいというよりは凛ちゃんがしてほしそうだからなんだけど、そこは譲ってあげることにしました。何と言ってもお姉さんですから。

さあ、って言ってもう一度膝を叩いたら凛ちゃんはそっと身体を倒して、私の膝に頭をのせて目を閉じると、ぼそぼそと最近あったことを話し始める。
ベテトレさんにしごかれて大変だったとか、トライアドのミニライブで一ヶ所キーを間違えてしまったとか、今日は撮影の時にうまく表情が作れなくて、結果帰りが遅くなってしまったこと。

凛ちゃんが愚痴を漏らすことなんて滅多にないから、きっと本当に疲れちゃったんだね。お疲れ様。

そう思って髪を撫でたら凛ちゃんは凄くビックリして、私の方が驚くくらいの勢いで身体の向きを変えて見上げてきた。

「ど、どうしたの?」

声をかけると、凛ちゃんは何でもないと言ってまた横を向いてしまった。
何でもないならまあいいかと、私は指を滑らせて凛ちゃんの髪から耳の縁を辿り、柔らかい頬を撫でて、ほっそりとした顎の形を確かめるようになぞる。
凛ちゃんはくすぐったそうにしているけれど何も言わないから、私は調子に乗ってそのまま好きなように凛ちゃんに触れる。
凛ちゃんは恥ずかしがりやさんだからあまりこんな風に触らせてもらえなくて、だから、やだって言われるまでは勝手にしてしまおうとこっそり決めた。もしかするとフェイスマッサージみたいな感覚で、気持ちいいのかもしれない。

額、整った眉、目蓋を撫でてもやっぱり何も言わないから、鼻梁を通ってまた頬を撫でて、それから、実は意識して避けていた唇の端に指を触れさせて止めた。
ちょっとだけ迷う。
でも触りたいなと思う気持ちに抵抗する気も無くて、下唇の縁に指の側面を触れさせてゆっくりと動かすと、凛ちゃんはようやく、ん、と声を漏らした。
反対側の端まで行って、今度は唇の比較的厚い部分に指の腹を当てて同じように動かすと少し口を開いて息を吐いた。

まずいなあ、なんだか変な気持ちになってきました。

指の動きを止めないで悩んでいたら、凛ちゃんの手が私の手を掴んで触るのを無理矢理止めた。

「卯月、ちょっと」

「なんですか?」

横目で見上げてくる凛ちゃんの頬は紅潮していて、でも私はそれに気づかないふりをしてにこにこと笑顔を見せる。
普段の凛ちゃんなら私に企みがあることくらいすぐに気づくだろうけど、今日はきっと気づかない。
言葉に詰まって黙ってしまった凛ちゃんの手から逃れて、私はまた顔の色んなところに触れていく。
薄く開いた唇を少ししつこいくらいになぞってから、顎を通って首筋に下り、鎖骨にまで行くと、凛ちゃんはもうあんまり余裕の無さそうな声をあげた。

「あの、卯月、…ん、…待っ、て」

「えー?どうしてですか?」

とうとう両手で私の手を捕まえて、ちょっと涙目になって訴える。
分かってるくせに、なんて小声で言っているけど、可愛いだけだから効果無いよ凛ちゃん。

「凛ちゃん」

「は…、なに」

「明日はお休みですよね?」

「でも、明日は買い物に行く、って」

「うん、お買い物は行きますよ」

明らかに警戒してる凛ちゃん。でもそれって私の言いたいこと分かってるからなんだよね。それに、ちょっととか待ってとかは言われたけど、やだとは言われてない。
だからきっと凛ちゃんも期待してるんじゃないかなって。
そう思ったから、耳許に顔を寄せて囁いた。

「あのね、凛ちゃん。したい?されたい?」

「それ訊くの!?」

「はい!」

思いきり頷いておとなしく返事を待っていたら、凛ちゃんはもごもごと口の中で呟いて、それから顔を近づけていた私にぶつからないよう器用に身体を起こしてソファから立ち上がる。

「そんなの、卯月が考えてよ。…も、私、寝る」

「あ、凛ちゃん待って」

寝室に向かう凛ちゃんを慌てて追い掛けて、はたと気づく。

「あ、もしかしてお誘いですか?」

「っ、う、卯月のバカッ!」

ムードとかそういうの考えてよ、って、こっぴどく怒られて。
でもやっぱり私は、凛ちゃんがうづき、って呼ぶ声が一番好きだと思ったのです。

だから凛ちゃん、私のこといっぱい呼んでね。

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