「あのさ、しぶりん」

撮影の合間、スタジオの隅で待機している私と未央の視線の先にはカメラマンさんやスタッフさんの指示に従ってポーズと表情を決める卯月の姿。特に問題もなく、撮影はとても順調に進んでいる。

「しまむーに何かした?」

「…いや」

首を振って否定する。私の反応を見て未央は、じゃあどうしたんだろうね、と小さく呟いて首を捻った。

たまにからかってくることはあるけれど基本的に未央は私たちのことには口を出さないし、当然私たちも仕事場には持ち込まない。だから今日は要するに未央が気にするくらい様子が変だということなんだろう。

今日の仕事はティーン向けファッション誌の写真撮影。
誌上の企画でアイドルユニットの人気投票を行い、上位を獲得したユニットについては特集を組んで読者限定の特別ライブを開催するという。既に投票結果は出ていて、めでたくニュージェネもランクインしたらしい。
今日はその特集号の撮影で、ライブの日程も決まっていることだから、しばらく三人でのレッスンや仕事が増えるのは決定事項だった。
それなのに私たち二人がぎくしゃくしているのは良くない。

「ごめん。仕事に持ち込みたくはなかったんだけど」

「いやいや、そういうわけじゃなくて」

私が謝ると未央は慌てて手を振って否定して、それから両手の指先をちょんちょんと合わせて言い淀んでいたかと思うと私の顔を見て口を開いた。

「なんか、しまむー妙に意識してない?しぶりんのこと」

付き合ってるんだし当たり前だけどさ、と付け加えて、あははーと乾いた声で苦笑する。
たぶん未央は、さっきの撮影のことを言っている。

二着目の衣装を卯月を中央にして撮ろうとしていたとき、たまたま私と卯月の間隔が少し広かった。今朝会ったときからなんとなく距離を取られていると感じていた私は、もっとくっついてと指示されて卯月に軽く声を掛けて近付こうとした。
そのとき未央がちょっとふざけて――というより場を和ませようとして――私に飛びかかるくらいの勢いで卯月に後ろから抱きついた。
未央と私の間にいた卯月は当然、向かい合わせに立っていた私にぶつかり、抱き合うような状態になる。
いつもの卯月なら、慌てていてもぶつかった私に謝ってから未央に文句を言うくらいはするのに、大丈夫? と声を掛けた私と目が合ったかと思うとすぐに逸らして薄く頬を染め、小さな声で大丈夫です、と答えた。
そばで見ていた未央は私と卯月の間にほんの僅かに妙な空気が流れたのを察してくれたんだと思う。カメラマンさんがニュージェネはやっぱり仲良いねえと笑い、未央がすかさず何か上手いことを言って返したことで笑いが起こって、スムーズに撮影に戻ることができたけれど、私の心はあまり穏やかじゃなかった。おそらく、卯月も。

「今日は一緒に帰るんでしょ?」

「たぶん…」

「なに弱気になってんの。大丈夫だってば」

背中を強めにバシッと叩かれて、痛いんだけどとぼやいたら、早く元に戻ってもらえないと見ててむずむずするからさと言われて、未央と藍子ほどじゃないよと返した。
慌てふためく未央を見て、私は少しだけ溜飲を下げた。



三人での撮影をすべて終え、最後に一人ずつ撮ったら今日の仕事は終了となった。自分の撮影を終えて控室に戻ると、先に撮り終わっていた卯月が荷物を纏めて待っていた。

「あ、凛ちゃんお疲れ様です」

「…お疲れ様」

一度顔を上げて私に声を掛けると、卯月はすぐに手元のスマートフォンに視線を戻した。何か文章を打ち込んでいるようで、私は鞄に荷物を詰め込み、片付けをしてから卯月の横に座る。

「なにしてるの」

「ブログ書いてるんです。使っていい写真チェックしてもらったので、早めにアップしちゃおうと思って」

「ああ、個人で写真撮ってたっけ」

「はい。プロデューサーさんにもお願いしてて、送ってもらったので。結構たくさんありますよ」

そう言いながら、卯月は写真を幾枚も見せてくる。
三人で撮った写真、組み合わせを変えて二人ずつ撮った写真、それから、一人で撮ったものも。
卯月が画面の上で指を動かすたびに表示される写真が変わって、私のソロショットが表示されたところで止まる。

「…卯月」

呼んで、画面を手のひらで覆う。手が触れ合って卯月が緊張したのが分かったけれど、私は構わずその手からスマートフォンを取り上げてテーブルの上に置いた。

「こっち、見て」

部屋に入ってから卯月は一度も目を合わせてくれない。
卯月は何か言おうとして口を開いたり閉じたりして躊躇う様子を見せたけれど、やがて諦めたのかゆっくりと顔を上げて私を見た。
ようやく目が合って、でもあの時、部屋で見たのと同じような表情に私は怯む。

見つめ合ううちに卯月の手が私の手に重ねられ、指が絡められて、思わず強く握り返す。
今、ここには私と卯月しかいない。私の目の前には卯月しかいない。私は卯月から目を逸らすことができない。
静まり返った室内で、どこにも逃げ道が見つけられず、カチ、カチ、と壁掛け時計の音だけが響き続ける。

卯月が何を思っているのか。私は卯月に対してどんな感情を抱いているのか。それから、私はどうしたいと思っているのか。

目を背けて見なかったことにしていたすべてが暴かれ、眼前に突きつけられている。
もう何も考えられずに、手を伸ばして指先を卯月の頤に掛けると、卯月は小さく息を漏らした。
それが酷く扇情的だった。もう抑えが効かなかった。強く引き寄せて少し乱暴に唇を食んだ。舌先で舐めて、軽く歯を立てて、少し開いた唇の隙間から舌を捩じ込んで、絡めて、それでも一向に収まらない強い"何か"に急き立てられ、追い込まれていく。
顔を離して、でも卯月の顔を見ることができなくて、耳許にキスをすると卯月が、ん、と声を漏らして。首筋に吸い付くと、は、と息を吐いて。
こんなの、もう誤魔化しようもない。

卯月の肩口に額を押し付けて、どうしよう、と思わず声に出したら、卯月は私の頭を抱いて、凛ちゃん、と小さな声で呼んだ。

「なに…?」

返事をすると卯月は少し黙って、私の耳の辺りの髪を掻き上げてピアスを触っていたかと思うと、私以外のなにものにも届かぬように小さな小さな声で囁いた。

触って、ください、と。

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