「今日って、何の日だったっけ?」

一緒にレッスンをしていた奈緒、加蓮と連れだって事務所にやってきた凛は綺麗にラッピングされたプレゼントの山がテーブルの上に所狭しと並べられた様子(と、その横に積まれたいくつかの段ボール箱)に困惑した。

「何寝ぼけたこと言ってるの」

「そうそう、今日は凛の誕生日だろ?」

「それは、わかってる」

そうじゃない。そうじゃないのだ。
凛が聞きたいのはそんな答えではない。
考え込む凛をよそに、奈緒と加蓮はテーブルの上のプレゼントを数え始めた。

「いやー、凛はさすがだなぁ。すごい量だ」

「ほんとモテモテ。っていうか凛のファンって女の子多いよねー。羨ましいくらい。…あ、このネイル可愛い」

加蓮がプレゼントの中から見つけたネイルは、なるほど、加蓮が好きそうな色だ。ファンからのプレゼントだからあげるわけにはいかないけれど、塗ってもらうついでに使わせてあげるくらいはいいだろう。

…ああ、いや、そうではなくて。

「…これってさ」

「なんだ?」

「全部私宛なの?」

「そりゃそうだろ。全部ちゃんと渋谷凛様って書いてあるぞ?」

「なにー?凛は不満?」

「そんなわけ無いでしょ。そうじゃなくて、ちょっと信じられなくて」

去年はこれほど多くなかったと思う。今年は露出が増えたからだろうか。それにしても随分な量だ。

「…ありがたいね」

ファンがお祝いしてくれるのは素直に嬉しい。
奈緒も加蓮も、仕事が終わり次第事務所に戻ってくる予定の未央も、今日予定が空いている同僚アイドルのみんなも、この後凛の誕生会をやってくれるようなのだ。それが嬉しい。
けれど。今日という日に限って、島村卯月は不在なのである。

別に最初から不在が決まっていたわけではない。
凛に限らず本人の誕生日近辺はプロデューサーの方で仕事に余裕を持たせるようにしてくれている。そして卯月も、オフを合わせるように希望を出してくれてはいた。
しかし、である。
地方で催される、あるイベントの運営事務局からピンクチェックスクールに直接オファーが来たのだ。当然、受けた方がいい、いや、受けるべき仕事だ。
それは分かる。分かるのだが、とにかく今日という日に卯月は仕事で、しかもよりによって地方で、明日の夜にならないと卯月は帰ってこない。
イベント開催元の好意で前乗りしていた卯月は昨晩電話をくれて、日付が変わると同時におめでとうを言ってくれた。
帰ってきたら二人でお祝いをしようと約束もしている。プレゼント期待しててくださいね、なんてちょっと気になることも言われている。
けれど、今日は卯月には会えないんだと思ったら、なんとなくテンションが下がってしまったのは、仕方がないんじゃないだろうか。

「しぶりん、しまむーいなくて寂しいのはわかるけど、もう少し元気出していこうよ」

「いや、いつも通りだから。別に卯月がいなくて元気無いとかないから」

「かな子ちゃん、このクッキーおいしい」

「ありがとう。たくさん作ってきたからもっと食べてね」

「凛ちゃんケーキなくなるよ?」

「あ、ちょっとまって、そのフィナンシェどこにあった?」

「凛、コーラ飲むか」

「このチョコレート貰っていい?」

「待って、みんな一斉に喋らないで」

事務所内で食べ物、飲み物を持ち寄ってのパーティーは誰かの誕生日恒例のことである。女三人寄ればかしましいの言葉通り、室内は喧騒に満ちている。
卯月がいなくて寂しいなんて言っていられないくらい賑やかで、楽しくて、こういう誕生日は未だ慣れないけれど良いと思う。

「はいはいはい、それではみなさんちゅうもーく!」

「え、未央?」

「お、そろそろか?」

「時間ちょうどいいじゃん」

凛以外の全員がこれから何が起こるのかわかっている様子に、凛は焦った。
クールと評されることが多いけれど、それは単に表情に出ないだけで心の中では他人と同じように焦りもする。

一体、なにを。

そう思って未央を見た瞬間。

『凛ちゃーん!!』

「…う、卯月」

未央の後ろに卯月が現れた。正確に言うと、いつの間にか未央の後ろの壁にスクリーンが用意されていて、これまたいつの間にかテーブルに置かれているプロジェクターが卯月をスクリーンに大写しにしていた。

『ちゃんと見えてますか? …あ、凛ちゃんそこにいますね』

『卯月ちゃんカメラに寄りすぎじゃないかな』

「響子ちゃん、おめでとうっす」

『ありがとうございますー』

凛のすぐ横でWebカメラを調整しながら、沙紀はしれっと響子におめでとうを言う。

なにこのサプライズ。

みんなが落ち着いている中、自分だけ状況が飲み込めていないのが不安でならない。
スクリーンに映されている卯月たちはたぶん休憩時間か何からしく、イベント用の衣装のままだ。今回のイベントのために作られたのか、夏らしく半袖の、可愛いらしい衣装は初めて見る。

「しまむー準備はおっけーだよ。あとは任せた!」

『はいっ、島村卯月、頑張ります!』

卯月は両手をぎゅっと握って、にかっと笑った。
あ、それ好き。好きだ。自分の好きな卯月の笑顔だ。
溶けた頭で凛が思ったことなんて誰も知るわけがなく、卯月は元気いっぱいに腕を振り上げる。

『それじゃあみんな、お願いします。いち、にぃ、さんっ』

横にいる美穂と響子と視線を交わして、歌い始める。

『ハッピバースデートゥーユー』

その場のみんなが歌っていることに気がついてはっ、とした。
全員が凛を見ている。ステージに立つときとは違う緊張と恥ずかしさが凛を襲う。

「…ハッピバースデートゥーユー!」

『わー! 凛ちゃんおめでとうございます! あれ、凛ちゃん、顔が見えないよ?凛ちゃーん』

「ほらほら凛、顔上げて」

「凛、ってば顔見せてやれよ」

無理だ、そんなの。
だって恥ずかしさで死にそうなのに。

「しぶりん、ほらほら。これ計画したの、しまむーなんだよ」

未央に促されて顔を上げる。
ちょっと心配そうに見つめる卯月の顔。少し上目遣いになっているのは気のせいだろうか。

「う、卯月」

『はいっ』

「…歌、ありがとう」

『良かった! 明日、直接言いますからね!』

そう言った卯月は凛の一番好きな笑顔だった。

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