私の彼女がかっこよすぎて可愛すぎて
別に特に理由があってのことじゃなかったんです。
凛ちゃんのライブはソロもユニットも何度も観てますし、少し早めに自分のお仕事が終わって、これから凛ちゃんたちの出演するライブだ、って思うとうきうきして。
移動の車の中で鼻歌なんか歌ったりして、運転してくれてるプロデューサーさんにも随分ご機嫌ですね、なんて言われて。
少し時間もありますから楽屋に顔を出していかれたらどうです、なんて提案されたから、はいっ、と返事をして。
本番前の凛ちゃんに少しだけでも会えたらなあって、それだけだったのに。
「あれ、卯月?」

「あー!卯月ちゃんだ」

失礼しまーす、と小声で言いながら、あまり音を立てないようそっと楽屋のドアを開けたけれど、そばに立っていた凛ちゃんはすぐに私に気づいてしまった。近くにいた李衣菜ちゃんが小走りで寄ってきて、観に来てくれたんだねーとにこにこ笑う。
蘭子ちゃん、美波ちゃんはヘアメイク中で、鏡越しに挨拶をしてくれた。楓さんは別室で着替えとメイク中みたい。
差し入れに持ってきたチョコレートをテーブルの上に置いてみんなと少し話をしてから、邪魔にならないようにプロデューサーさんのいる待機所に行こうとすると、凛ちゃんが見送りについてきた。

「凛ちゃん、もうそろそろ開場時間ですし、いいですよ」

「大丈夫。卯月と喋ってると緊張も和らぐし」

「なっ、…もう、凛ちゃん」

そんなことをさらっというから、やっぱり凛ちゃんはずるいなあと思って顔を見たら、ん? と小首をかしげて、それがまたとっても可愛くて、ずるい。
着替えもメイクも全部終わって、ヒールの高い靴を履いている凛ちゃんの目線はいつもよりずっと高い位置にある。一緒のステージに立つときは私も同じくらいの高さの靴を履くから、こういうことはあんまりなくて、ちょっとどきっとした。
ああ、そうだ、衣装。
改めて見ると姿勢の良い凛ちゃんの身体のラインがとても魅力的な細身の衣装は胸元が強調されていて、視線を落としたら少しだけ見えている太腿に。目のやり場に困って視線を逸らしたら、たぶん凛ちゃんはそれに気づいた。

「どうしたの?」

不思議そうな顔をしているけど、口角がちょっとだけ上がっている、嘘つきな表情。
凛ちゃんは最近とても嘘つきになった。

「な、なんでもないですよ?」

「ふーん」

ああこれ、まずいかもしれない。
背を向けてさりげなく逃げようとしたけれど、凛ちゃんは私の手を取って人気の無い通路の方に引っ張ろうとする。

「ちょっと、凛ちゃん」

「大丈夫」

何が、大丈夫なの。
そう言おうとしたけれどいつの間にか凛ちゃんに肩を抱かれていて、仕方なく誘導されるまま、機材が雑に置かれている通路に入って角を曲がる。
シンとして周囲に人の気配は無かったから少しホッとした。
のも、束の間。

「り、凛ちゃん」

後ろからぎゅっと抱き締められる。
私の好きな、凛ちゃんの匂いと、耳にかかる吐息で、心臓がばくばくして破裂しそう。それから、その、言いにくいけれどいつもはそんなに気にならない凛ちゃんの胸が背中に押し付けられているのを意識してしまって、もしかすると凛ちゃんがいつも言ってるのはこういうことなのかなって、これからは気を付けようと思った。

「あの、凛ちゃん。衣装、皺になっちゃうから、放して?」

「ちょっとだけだから」

耳許で喋るのも、やめてほしいなあ。
手に触れて放すように促したけれど、逆にその手に自分の手を掴まれてしまう。
何度目かに呼んだとき、凛ちゃんはふーっと息を吐いて拘束を解いてくれた。

「もう、誰かに見られたらどうするの?」

「だって、卯月が」

「凛ちゃん」

「はいはい」

適当な返事をされて少し睨んだけれど効き目はまったくなさそう。

「卯月」

「うん?」

「本当は、さ」

言って、凛ちゃんの右手が私の頬に触れる。親指が下唇を軽くなぞって、思わず口を薄く開いたら凛ちゃんはくすっと笑った。
まるで期待していたみたいで、恥ずかしさに頬がかあっと熱くなる。
凛ちゃんの両手が私の頬を包み込んで、真剣な顔が近づく。
ここ、誰がいつ通るかわからないのに。
そう思って慌てていたら、唇が触れるほんの少し手前で凛ちゃんは止まった。

「本当はキス、したいけど。我慢しておく」

「え、あ、の…」

本番前だからメイクが取れちゃいけないし、と頭では分かっているし、ホッとしてもいるけれど。
私だって、その、ここまでされたら期待しちゃうというか。そんなの、仕方がない。

離れていく凛ちゃんの顔。
人差し指が唇にトン、と一度だけ触れて凛ちゃんが笑う。

「だから、今は予約」

「よやく…?」

手を引かれてもとの通路に戻ったら凛ちゃんは私に背を向けた。

「終わったら、うちに来て」

えっ? と聞き返したら凛ちゃんは振り向いてにっと笑って、楽屋に戻っていってしまう。

予約、って。うちに来て、って。それってその…

「…り、凛ちゃんの、ばかっ」

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