Love&Life
(引越しって……どうしてこうも面倒なのかな)

書籍が詰まったダンボールを運びながら、そんなことを考える。
そりゃお任せパックとかをチョイスして、業者に全部頼めばよかったのだけれどいろいろ問題があってできなかった。
冷蔵庫とかベッドとかテレビとか、大きいものはもちろん頼んだけど。

朝九時ジャストに始めた引越しは、お昼をだいぶ回った今、業者も帰ってしまって黙々と二人で片付けるだけになっている。
あれをこっちにやってこれはそっちにしまって。
小物を片付けながらそんな指示を出しているのは夕歩。
あたしはいちいち「はーい」と返事をして、大きい荷物や重い物を移動している。
本棚に本を収めたり、新聞紙に包まった食器を取り出して置いたり。やることはいっぱい。
荷物を詰める時も大変だったけど、荷物を解くのも意外に時間がかかるものだ。
これが終わったら買出しに出ないと。その時に晩御飯もどこかで食べてこよう。
昼も夜もコンビニ弁当じゃ悲しいよね。

不要なダンボールをビニール紐でまとめ終わったあたしは軽く手を払って、リビングに。
部屋の端で固定電話の設定をしているらしい夕歩は、邪魔だったらしく、今日は後ろで髪を結んでいていつも以上に可愛い。

(…ああ、可愛い。夕歩可愛い。)

脳みそ溶けてるな、とか思ったけど、夕歩が可愛いのは事実なんだから別にいい。
そんな夕歩はあたしが側に来たことに気づいているのかいないのか。
振り向いてもくれないから、うりゃっ、と馬のしっぽみたいになってる後ろ髪を突付いてみた。

「…………」

無視。まるっきり無視ですか、夕歩さん。
電話の設定が終わったらしく、自分の携帯に掛けたり、携帯から家電に掛けてみたり。
確認作業をしている間、凹み気味のあたしは放置されていた。
ヒマ、ヒマ、ヒマ。
自分ができるだけの片付けはもう終わっていたから、何もやることが無くてヒマ。
夕歩が構ってくれないからヒマ。
椅子に後ろ向きに座ってカタカタさせてたら、床が傷むとかってスリッパを投げられた。
ずいぶんな仕打ち…。
自分で投げたスリッパを拾って、夕歩はようやく凹みまくりなあたしの側にやってくる。
と、思ったら違ってて、椅子に座って何か指折り数えてメモを始めた。
電気、ガス、水道etc。ああ、そっか。口座振替とかいろいろあったね。

「他に何かあった?」

あ、ようやくまともに話しかけてくれた。
大丈夫、たぶんそれで全部でしょ。
答えると夕歩は、うんって頷いて買出しで何が必要かって書き始めた。
ほんと、何もないもんねぇ。
ヒマ、ヒマ、ヒマ。
あまりにも構ってくれないから座ってる椅子を引っ張って夕歩のすぐ隣にやってきたあたし。
あ、やばい。いい匂い。
俯いてるせいでうなじとかよく見えちゃってて、なんか胸がざわざわする。

「…………」
「……ちょっと、順」

よく言うでしょ、山に登るのはそこに山があるからだって。
だからさ、目の前に綺麗なうなじがあったらキスしたくなったって仕方ないと思わない?

パンチでも飛んでくるかと思ったけど、そんなことはなくて。
メモができないとか言ってるくせに夕歩ってば全然抵抗しないから。
調子に乗って、あたしはうなじだけじゃなくていろんなとこに口づけていった。

「くすぐったいよ」

夕歩の声は少し笑ってて。
そっと触れた手は温かくて。
なんかさっきまでの完全な無視っぷりが嘘みたい。

ね、いい?

瞳を覗き込んであたしはお伺いを立てた。
夕歩は小さく頷いて。
その瞳はやっぱり笑ってて。

あたしはニカッと一度笑って、そっと顔を近づけた。

うん。

「大好き」

back