それは夏の終わりの近付いた、それでもまだ暑い日の、夕暮れ。
蝉時雨
西に傾いてもまだジリジリと照りつける太陽。
窓から見える庭には蝉の声が響き渡り、それ以外の物音が聞こえないほどだ。
動かなくともじっとりと汗がにじんでくる。
夏の暑さは不快ではあるが、外に出さえしなければ冬に比べて夏の方が、夕歩にとっては幾分過しやすい。
窓のすぐ側に陣取っていれば風があるため、随分楽なものだった。

静馬家の中庭にある、茶室。
二人は、特に何もせずにそこにいた。順は寝転がり、夕歩は窓の枠に寄りかかって外を見ている。
時折取り留めのない会話を交わし、二人は只、そこにいた。

暑さをしのぐためなのかもしれなかった。時間をつぶすためなのかもしれなかった。
ただ、先程から順は暑さに負けて何もする気になれないと呻いている。
あんまり暑い暑いと連呼するから、はたいてやったけど。

数年前の夏、私はまだベッドの上だった。
順と一緒に天地に行きたくて、必死だった。どうにか間に合い、剣待生として天地に入って。
順は今どう思っているだろう。

「順?」

ふと我に返ってみると、順は軽く寝息を立てていた。どうやら寝転がってそのまま眠ってしまったようだ。
静かだった。
先程まで五月蝿く鳴いていた蝉の声がぴたりと止み、異様なほどに静かだった。
まるでこの世から自分たち以外のすべてのものが、消えてしまったかのようだ。
そんなことを思うほどに、静かだった。
順の頬の、汗で張り付いた髪の毛が目に留まる。
夕歩は半ば無意識に順に近付き、その張り付いた髪を、そっと直してやった。

「順……起きてよ」

起こす気もないのに、そんなことを言う自分が可笑しくて、それから哀しかった。
自嘲気味に息をつき、夕歩は順の顔を見つめた。
何故だか妙に胸がざわざわして、涙が出そうだ、と思った。
そしてその感情のまま、静かに順に顔を近づけた。

唇が触れるほどに。

「………」

順。

「…………」

順。好きだよ。
蝉の声が聞こえる。それ以外の物音が何も聞こえないほどに。

ごく自然に、夕歩は順から離れた。
もう涙は出そうになかった。



それは夏の終わりの近付いた、それでもまだ暑い日の、夕暮れ。

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