黄昏の魔法
職員室に呼び出しを受けていたせいですっかり遅くなってしまった。
人影のまばらな校舎は、遠くで部活動の声がする以外は静かで、昼間とはまるで違う空間のよう。怖いわけではないけれど無性に寂しさを感じるこの場所をさっさと離れてしまいたくて、夕歩は足を速めた。

真っ直ぐに伸びた長い廊下。誰もいない教室。
こういう時、広い校舎は良くない。まるで同じところをぐるぐると回っているように思えてくる。
そんなことは無いということを確かめるように、クラス名が書かれたプレートを見ながら歩いていた時、そのまま通りすぎようとした教室の中に人の気配を感じた。

教室の後ろ側、開いたドアの隙間から見ると、そこにあったのは順の後ろ姿。
見たところ何かをしているというわけではなく、窓枠に凭れて外を眺めているだけらしい。
少し迷った後、夕歩はドアを開けて静かに中に入った。

「帰らないの?」

声をかけると、順は驚きもせずに肩越しに振り返って、「うん、まだ」とだけ答えて外に視線を戻してしまった。そのまま放っておいて帰る気にもなれず、夕歩は手に持った自分の鞄を机に置いて、順の隣にやってきた。
外に見えるのはいつもどおりの校庭で、誰がいるわけでも、何があるわけでもない。
強いて言うならば、沈む寸前の真っ赤な太陽が見えるだけ。
赤い光が教室の中に差し込んで、眩しさに目を細めた順の顔は少しだけ上の空で。
いったい何をしているのかと訊いたら、たそがれ中だと、返事が返ってきた。
曰く、「意味もなくたそがれたいお年頃なのよ」
自分で意味もなくって言ってたら台無しじゃんって言ったら、あははと笑って、やっぱりまだ外を見ている。
こういう時の順は何を考えているのかさっぱり分からない。

それから私は、少しだけ寂しい。

――今日の夕飯のおすすめ定食何だっけ?
――ハンバーグ定食。
――お、じゃあそれにしよう。夕歩ハンバーグ好きだよね。半分あげようか?
――いらないよ。
――…即答ですか。

いつもどおりのたわいない会話。
聞き慣れた順の声。

ねえ、どうしてこっち見ないの?

最初にチラッと振り返っただけで、順は全然こっちを向かない。そのせいでさっきから夕歩は横顔ばかり見ている。目ぐらい、合わせてくれてもいいのに。

不満にも、不審にも思うけれど、文句を言うほどのことでもなくて、夕歩は抗議の代わりに順との距離を詰めてやった。

「…」

何だか反応がない。
そう思って順の顔を見たら、少しだけ赤くなっていた。
順は変なところで照れ屋だったりする。離れようとはしないけれど、こっちを向くこともない。

「あのさ」
「うん」

続きの言葉を待っていると、順が近づいてくる気配がして、夕歩が目を閉じると、すぐにキスが落とされた。
一度軽く触れただけで離れる。

夕方の教室には魔法がかかってるって、そう思わない?
順の声が耳元で聞こえた。

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