...But, we can go anywhere.
お互いのスケジュールが合わずに、しばらく会うことができない日が続いていたある日の夜のこと。
なにもする気になれず床にペタリと座って窓から空を眺めていると、唐突にチャイムが鳴った。
無視しようと思ったけれど、宅配か何かかもしれないと考え直してインターホンで応答する。
「はい」
『乃梨子』
聞き間違えようのない声に、頭よりも先に体が動く。
ドアまで走って素早く鍵を開け、外開きのドアをそっと開けると、志摩子さんが立っていた。
「志摩子さん、どうして」
招き入れると志摩子さんは答えずに玄関の中に入り、常の彼女には似合わず乱暴にガチャンと音を立ててドアを閉めた。それから鍵を掛けようとする私の手を掴んで引っ張った。
突然のことに対応できず、志摩子さんに凭れかかるような格好になり、混乱しているといきなり深く口付けられた。
あっという間に口内に入り込んできた舌の動きに翻弄されてなにも考えられないでいるうちに、服の中に手を入れられ、素肌を弄られる。
驚きはすぐに興奮と欲情に取って変わられ、やがて私たちはもどかしげに靴を脱ぎ、服を脱がせあいながらベッドに向かった。
なにもする気になれず床にペタリと座って窓から空を眺めていると、唐突にチャイムが鳴った。
無視しようと思ったけれど、宅配か何かかもしれないと考え直してインターホンで応答する。
「はい」
『乃梨子』
聞き間違えようのない声に、頭よりも先に体が動く。
ドアまで走って素早く鍵を開け、外開きのドアをそっと開けると、志摩子さんが立っていた。
「志摩子さん、どうして」
招き入れると志摩子さんは答えずに玄関の中に入り、常の彼女には似合わず乱暴にガチャンと音を立ててドアを閉めた。それから鍵を掛けようとする私の手を掴んで引っ張った。
突然のことに対応できず、志摩子さんに凭れかかるような格好になり、混乱しているといきなり深く口付けられた。
あっという間に口内に入り込んできた舌の動きに翻弄されてなにも考えられないでいるうちに、服の中に手を入れられ、素肌を弄られる。
驚きはすぐに興奮と欲情に取って変わられ、やがて私たちはもどかしげに靴を脱ぎ、服を脱がせあいながらベッドに向かった。
「ん、……ゃ、ぁっ!」
短く嬌声を上げて何度目かに達した志摩子さんの上で、私は荒くなった呼吸を落ち着かせるためにひとつ大きく息を吐いた。
今日の志摩子さんは変だ。
連絡もせずに突然訪ねてくるなんて今まで一度もなかったし、なによりこんな風に激しく求めてくることなんてなかった。
目を閉じたまま、肩で息をしている志摩子さんに声をかける。
「志摩子さん」
志摩子さんはゆっくり目を開け、私を見つめ返してくる。
汗で頬に張り付いていた髪を指で避けてあげながら、少し心配になって「大丈夫?」と訊くと、声を出すのも億劫なのか無言で小さく頷いた。
それを確かめてから、まだ中に埋めていた指をそっと引き抜くと、志摩子さんは喘ぎの混じった吐息を漏らして、私はまたどきりとした。
「なにか、あった?」
訊きながら傍に置いてあった時計を見ると、もう零時を回っていて、思いの外時間が経っていたことを知る。
「……いいえ、なにも」
「でも」
こんなこと、今まで無かったのにどうして。
「なにか、あるのは」
まだ整わない呼吸を押さえながら、志摩子さんが口を開く。その瞳は少し悲しそうで、私は胸の奥がぎゅっと締め付けられるような気がして息が苦しくなる。
「乃梨子の、方でしょう」
一瞬、自分の顔色が変わったのがはっきりと分かった。
志摩子さんは気づいていた。
私が心の中に抱えている「なにか」。
「あなたは、何を恐れているの?」
声が酷く震えているのは、きっと行為の後だからだけではない。私の目を見ながら言葉を繋げる。
「私は、乃梨子の事が好きなのよ」
あなたが不安なら、何度だって伝える。
そう言った志摩子さんの声はとても悲しそうで、胸の奥に先程よりももっと鋭い痛みが走る。
「……え、あ、あれ……?」
志摩子さんの頬に落ちた涙で、私は自分が泣いていることを知った。
泣きたいのはきっと、志摩子さんの方なのに。
一旦自覚してしまうと、涙は止まらなかった。
私は志摩子さんが好きで、志摩子さんは私を好きでいてくれて、それは解っていたはずなのに、そうじゃなかった。私はちっとも解っていなかった。
志摩子さんが差し出した手を取るのを、私はずっと躊躇っていた。
まだ十代で学生の私はなにも約束ができない。
志摩子さんの手を取ってもどこにも行くことができない。
だけど、それは志摩子さんだって同じだった。だからこそ、その手を取らなければならなかったのに。
「ごめん、ずっと一人で待たせてたんだね」
「……そうよ」
今にも泣き出しそうな顔で、志摩子さんは私を見つめる。
「待っててくれて、ありがとう」
涙でくしゃくしゃになった顔を寄せて、私たちは、その日初めての、心からのキスをした。
短く嬌声を上げて何度目かに達した志摩子さんの上で、私は荒くなった呼吸を落ち着かせるためにひとつ大きく息を吐いた。
今日の志摩子さんは変だ。
連絡もせずに突然訪ねてくるなんて今まで一度もなかったし、なによりこんな風に激しく求めてくることなんてなかった。
目を閉じたまま、肩で息をしている志摩子さんに声をかける。
「志摩子さん」
志摩子さんはゆっくり目を開け、私を見つめ返してくる。
汗で頬に張り付いていた髪を指で避けてあげながら、少し心配になって「大丈夫?」と訊くと、声を出すのも億劫なのか無言で小さく頷いた。
それを確かめてから、まだ中に埋めていた指をそっと引き抜くと、志摩子さんは喘ぎの混じった吐息を漏らして、私はまたどきりとした。
「なにか、あった?」
訊きながら傍に置いてあった時計を見ると、もう零時を回っていて、思いの外時間が経っていたことを知る。
「……いいえ、なにも」
「でも」
こんなこと、今まで無かったのにどうして。
「なにか、あるのは」
まだ整わない呼吸を押さえながら、志摩子さんが口を開く。その瞳は少し悲しそうで、私は胸の奥がぎゅっと締め付けられるような気がして息が苦しくなる。
「乃梨子の、方でしょう」
一瞬、自分の顔色が変わったのがはっきりと分かった。
志摩子さんは気づいていた。
私が心の中に抱えている「なにか」。
「あなたは、何を恐れているの?」
声が酷く震えているのは、きっと行為の後だからだけではない。私の目を見ながら言葉を繋げる。
「私は、乃梨子の事が好きなのよ」
あなたが不安なら、何度だって伝える。
そう言った志摩子さんの声はとても悲しそうで、胸の奥に先程よりももっと鋭い痛みが走る。
「……え、あ、あれ……?」
志摩子さんの頬に落ちた涙で、私は自分が泣いていることを知った。
泣きたいのはきっと、志摩子さんの方なのに。
一旦自覚してしまうと、涙は止まらなかった。
私は志摩子さんが好きで、志摩子さんは私を好きでいてくれて、それは解っていたはずなのに、そうじゃなかった。私はちっとも解っていなかった。
志摩子さんが差し出した手を取るのを、私はずっと躊躇っていた。
まだ十代で学生の私はなにも約束ができない。
志摩子さんの手を取ってもどこにも行くことができない。
だけど、それは志摩子さんだって同じだった。だからこそ、その手を取らなければならなかったのに。
「ごめん、ずっと一人で待たせてたんだね」
「……そうよ」
今にも泣き出しそうな顔で、志摩子さんは私を見つめる。
「待っててくれて、ありがとう」
涙でくしゃくしゃになった顔を寄せて、私たちは、その日初めての、心からのキスをした。