天邪鬼な私
昼過ぎから降り出した雨は止む気配もなく、しとしとと降り続いている。

「今日、泊まっていく?」

長い沈黙を破って発せられた声。
幾分遠い気がするのは、お互いに背を向けているからだろう。
志摩子は振り返りもせず、窓枠に手を置いて雨を眺めながら答える。

「……そうね」

肯定とも否定とも取れる曖昧な答えを返した声音が、自分でも驚くほど素っ気ない。
乃梨子はどう思っただろうかと考えながら、それでも振り向くことなく背を向けて立ったまま。

「帰る?」

先程とは反対の問いにもう一度、そうね、と返しながらため息を吐く。
優しい彼女は我儘を言わない。いつも志摩子のことを優先し、選択を志摩子に委ねてくれる。
それが最近は少し物足りない。不満、と言ってもいいかもしれない。

かたり、と音がして背後で乃梨子が立ち上がる気配がする。
畳敷の床が揺れて、近づいてくるのが分かる。
無意識に身構えたのと同時に背中に温もりを感じたが、抱擁というには少し足りない淡い触れ方で、身体に回されることもなく自分の手のすぐ横に置かれた手に物足りない思いが募って、もう一度ため息を吐く。

「雨、止まないね」

耳許で聞こえる声はいつも通り冷静で淡々としていて、志摩子はまた、そうね、とだけ返す。
こんなとき、どうしたらいいのか分からない。うまく気持ちが伝えられない。
拗ねているのかもしれない。
少し我儘になった自分に。

「志摩子さん」

呼ばれると同時にゆっくりと重ねられた手が温かい。
少しだけ振り向くと、乃梨子の腕がようやく志摩子の身体をそっと抱き締めた。

「どうしたの」

目が合うと乃梨子は少し笑った。その笑顔が屈託の無いものであることに安堵する。
このところうまく説明できない感情を抱くことが多くなった。
彼女を好きになればなるほど。

「乃梨子」

「ん?」

声をかけたもののなんと言って良いか分からずに無言のまま見つめているうち、重ねられた手の指が、志摩子の指の一本一本に絡められていく。
それは徐々に熱を帯び、指を抱くような動きに変わっていく。
志摩子は身体を捻るようにして空いた方の腕を伸ばすと、乃梨子の首の後ろに手を掛けて引き寄せた。

「キス、して」

口に出すことはそう多くない。乃梨子は一瞬軽く目を瞠ったが、すぐに行動で応えた。
短いキスを終え、乃梨子が耳許で囁く。

「志摩子さん」

「何?」

「帰る気なんか無いでしょ?」

「……どうかしら」

言い当てられてどきりとした志摩子は、はぐらかすように目を逸らして外を見た。
雨は、まだ降り続いている。

「雨が止むまで、一緒にいて」

ぼそりと呟くように発せられた言葉に志摩子は少し驚く。

「……止むまででいいの?」

「志摩子さんのいじわる」

口を尖らせて拗ねた乃梨子が可愛らしく、志摩子は笑った。

雨は当分、止みそうにない。

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