六月の雨に誘われて
観光客が押し寄せるようなところではないが、広い庭のあるこの寺は、地元の人や乃梨子のような寺院巡りをしている人の間で紫陽花の名所として人気の場所だ。
ちょうど今週、来週いっぱいあたりが見頃で、紫陽花は庭を埋め尽くすかのように満開になっている。

「素敵なところね」

池に映った紫陽花を見つめながら、志摩子が呟いた。
これほど見事なのに、そして日曜だというのにそこまで見物客が多くないのは、ここが穴場だということもあるが朝からずっと雨が降り続けているからだろう。
今朝、窓から天気を見たときは失敗したと思ったのだが、梅雨だから仕方ないと開き直って来て本当に良かったと乃梨子は思う。

「今だけじゃなくて、桜の季節とか、紅葉の頃とかもすごく綺麗だよ」

「乃梨子は来たことがあるのね。私も見てみたいわ」

「じゃあ秋にまた来ようか」

「ええ」

傘の下で志摩子が嬉しそうに微笑むのを見て、乃梨子はむず痒い気持ちを覚えた。
その気持ちを誤魔化すように志摩子に背を向けて、すぐ傍にある小さな東屋の屋根の下に入り、傘を畳む。
志摩子も、乃梨子に続いて屋根の下に入ってきた。

「今日雨が降っていてよかったわね」

「え?」

「そんなに人が多くないから、ゆっくり見られるわ」

「…うん、そうだね」

志摩子の視線は庭に向けられている。
今日は珍しく髪全体を左側に寄せてピンで留めていて、乃梨子の立つ右側から見ると首筋に落ちた後れ毛が艶めかしい。

「雨が降ると思い出すことがあるのよ」

「何を?」

志摩子がこちらを向かないのをいいことに、乃梨子は首筋を見つめ続けている。

「あなたと姉妹になった日のこと」

ふいに志摩子がこちらを向いた。
あの頃とは違う、大人の表情。指を絡められ、優しく微笑まれてどぎまぎする。

「今、キスしたい、って思ったでしょう」

「う…」

ばれている。と、思ったら、いきなりキスされた。

「…志摩子さん、ここ外だよ」

「誰も見ていないわよ」

小悪魔のような微笑みが返ってきた。

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