my limit, your limit.
そろそろ手を休めてこちらを見てほしい。

基本的に真面目な二人は一緒に過ごすときも各々自分のやらなければならないことを先に済ますことがほとんどで、今日は乃梨子は予習、志摩子はレポートの作成がそれだった。
乃梨子が予習を終えてから一時間ほど。志摩子はまだパソコンに向かって文字を打ち込んでいる。
時折難しい顔をして考え込んだりする様子は、学年も通う大学も違う乃梨子にはなかなか新鮮で、初めのうちこそ観察して楽しんでいたのだが、徐々に気持ちが落ち込んでいった。

なにしろかれこれもう二時間近く口を利いていない。勉強中なのだから当然ではあるが、やはり寂しいものは寂しい。
自分が暇になったからといってあまりに勝手な考えではないだろうかと自己嫌悪にも陥る。
それでも。

それでも、せっかく一緒にいるというのに長時間手も足も出ない、もとい手も口も出せない、という状況は拷問ではないだろうか。
邪魔をするのは本意ではないけれど、そうなっても仕方がない。

ごめんなさい志摩子さん、もう限界です。

心の中で呟いてから、乃梨子は志摩子の背にトンと軽く額を付けた。

「どうしたの?」

少し驚いた表情で振り返った志摩子の顔には眼鏡。
いわゆるブルーライトカットのPC用眼鏡は、大学生になってからパソコンに触れる機会が多くなった志摩子に、乃梨子が自分とお揃いでプレゼントしたものだった。

乃梨子が自分の気持ちをどう伝えればいいのか分からず黙って見つめていると、志摩子は眉尻を下げて困ったように微笑んだ。

「……構ってほしくなった?」

そう言って、頬に触れられる。
構ってほしいなんて子供じゃあるまいし。そう思いながらも否定できない自分の気持ちに、正直に頷いた。

「邪魔しちゃいけないと思ったけど」

「大丈夫よ。もう、大体終わったから。後は少し手直しするだけ」

肩越しにディスプレイを見て、その言葉がただ自分を気遣うだけのものではないらしいと安堵する。

「なんか、志摩子さん、先生みたい」

「なあに、それ。眼鏡を掛けているから?」

志摩子は首を傾げてクスリと笑った。
髪が邪魔だったのか、レポートを書いている途中でバレッタで髪を留めたから余計そう感じるのだ。
普段と違う髪形、眼鏡。なんだか別人のようで、違和感は否めない。

「今の志摩子さんも素敵だけど、いつもの志摩子さんが見たいな」

乃梨子が志摩子の手を取って指を絡め、拗ねたような口調で囁くと、志摩子は薄く笑った。レンズの奥の瞳が誘うような色を帯びて、乃梨子はどきりとする。

無言のまま志摩子は弦に指を掛け、眼鏡を外してそっとテーブルの上に置くと、両手を後頭部に回してバレッタを取り、緩く頭を振って髪を下ろした。
その仕草に妙な色気を感じて乃梨子は戸惑う。

「これでいい?」

照れくさそうに言って微笑み掛ける様子がとても可愛らしくて、見惚れてしまった。
そのまま見つめていると腰に手が掛かり、少し強引に引き寄せられた。顔を寄せられ、キスされると思ったところでその距離は縮まることなく保たれる。

「我慢していたのは乃梨子だけじゃないのよ」

至近距離で甘く囁かれる声にゾクゾクして、もうどうにでもしてほしいと思ってしまう。
待つほどもなく始められた口付けは激しく、情熱的で、すぐに体が熱くなっていった。
一頻りキスをしてから、志摩子は乃梨子の手を取って、その手首から指先までに口付けていく。

「あの、志摩子さん」

本当に、こういうのどこで覚えてくるんだろう。それとも思った通りに行動しているだけなのか。
言っていいものか解らないけれど、ここまでされたら訊いてみるしかない。

「……したいの?」

志摩子は一瞬乃梨子の目を見てから耳元で、ええ、と囁いた。

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