Sentimental days
志摩子の膝に頭を乗せたまま、乃梨子が小さく呟いた。

「……お姉さま」
「なに?乃梨子」
「お姉さまのお姉さまって、どんな人だったんですか」

乃梨子は、今まで志摩子の姉のことは聞いたことがなかった。
いわゆる、「お祖母ちゃん」と言われるべき存在は、通常なら三年生として在籍しているはずだ。
だが二年にして白薔薇さまを継承している志摩子の姉は、すでに卒業していた。

「もしかして、妬いてるの?」

クスクス、と楽しげに笑う志摩子を、乃梨子は少しだけ憎らしく思った。
志摩子にとって自分がどんな存在であるか考える時、いつも頭に思い浮かぶのが。

佐藤聖。

志摩子の姉である、前白薔薇さまだった。写真では見たことがある。
けれど、どんな人かというのは、実際に会って話さなければわからない。

「妬いてなんか……ないです」

嘘だった。

自分の知らない志摩子との時間を持つ、その人が羨ましかった。
志摩子の言葉にその人のことが出てくるたびに心にざわつきが起こった。
そんな時の志摩子はどこか自分と遠く離れていそうな気がして悔しかった。

「嫉妬、しないはずないじゃないですか……」

小さな、小さな呟きも、志摩子の耳には届いていた。志摩子はそっと、乃梨子の頬に口付けた。そして耳元で囁く。

「やきもち妬きね、乃梨子は」

途端に真っ赤な顔をした乃梨子の髪を撫で、志摩子は少し笑った。


どうしてそんなことが言えるんだろう。なぜあの人のことを話してくれないんだろう。

乃梨子は胸のざわつきを抱えたまま、髪に志摩子の手の温もりを感じていた。志摩子は優しく、髪を撫でてくれている。
このままずっとこうしていたい。志摩子に触れられていたい。ずっと一緒に居られたら。
でも、来年になったら嫌でも志摩子の卒業を意識せざるを得ない。秋は人を感傷的にさせる。
まだ一年以上あるのに。いや、もう一年ほどしかないのに。

「もう秋も深いわね」

志摩子にそう言われて、乃梨子はやっと我に返った。
にじんだ涙を、気づかれないように手の甲で拭って、志摩子の膝から起き上がり、少し乱れた髪を手櫛でとかす。

「ああ。乃梨子、動かないで」

言われるままにじっとしていると、志摩子が髪についていた葉っぱを取ってくれた。

「取れたわ」
「あ、ありがとうございま…す?」

突然、目の縁に口付けられて、乃梨子は動揺する。

「涙が、零れていたわ」
「え……」

零れた涙は、まだ拭いきれてなかったらしい。

「泣いていたのね」
「……」

ゆっくりと頬を撫でながら、志摩子はやわらかく微笑んだ。
乃梨子は、どう答えていいのかわからないまま、おとなしく志摩子の視線を受けとめていた。

「…私のお姉さまはね、乃梨子」
「?」
「私を救ってくれた」

志摩子は乃梨子に聞かせる、というよりは独り言のような調子でお姉さまのことを話した。
乃梨子は黙ってそれを聞いていた。
「乃梨子」
「はい」
「側にいてね」

――――これからも。

志摩子の言葉に、乃梨子はただ頷いた。
志摩子が、自分のことを大切に想ってくれいているのがわかるから。必要としてくれているのがわかるから。




と、不意に志摩子が頤に手をかけた。

「いい?」

意図を察した乃梨子は無言で頷き、目を閉じた。



志摩子とずっと一緒にいたい。それは叶わないかもしれない。けれど。できるだけ側にいたい。
乃梨子は唇に温もりを感じながら、そう、願っていた。

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