「ねえ祐巳さん、最後に行きたいところがあるんだけど」
You are ...
修学旅行も三日目の夕方。
自由時間はもうほとんど残っていなくて、集合時間も迫っていたのだけれど。
祐巳は黙ったまま、由乃さんが歩いていく方についていった。

そこは結構見晴らしのいい展望台。
曰く、そこでキスしたカップルはうまくいくという、ありがちな話のある場所だった。
観光地には珍しくない話だ。そのご利益があるかどうかは怪しいところだと思うけれど。

「令ちゃんがね、教えてくれたんだけど…」
「うん」

古びた手すりに腕を乗せて、凭れていた。
由乃さんのそれは、いつものような明るい口調ではなく。
視線も、どこか遠くを見ているようで。
まるで別人のようだと、祐巳は思った。

なんだか、らしくない。
元気がない、というのが一番正しいのだろうけれど、それだけじゃない。

だけど、祐巳は何も言えなかった。

言葉が見つからない、とかではなく。
言葉を欲していない、というわけでもなく。
たぶん、言わなければならないことはたくさんあるのだと。
そしてそれが何か、ということも薄々気づいている。

ただ、思いつめたような横顔を見ていたら、何も言えなくなってしまった。
私たちはお互い想いあっている人がいて、だからそれで良かったはずなのに。

積み重ねてきた時間は、それもすべて友達として。
何もかもごまかしてここまで来ているということを、きっともう解っている。



明日、東京へ帰る。
おそらくもう最後だから。
だから、ここへ来た。



『最後に行きたいところがあるんだけど』



「してみる?」

ふざけたような言葉でも、由乃さんは笑ってなんかなくて。
それは無表情。

自分は、解っていてここに来たのに。
何も言わないのは卑怯なんじゃないのかと。

「…ごめん。忘れて」

語尾が少し裏返ったのがわかった。

いったいどうやって封じてきたのか不思議なくらいの、この想いを。
由乃さんは吐き出してくれたというのに。
ずっと我慢してきたことを気づくことができなかった自分が、嫌で。

ごめん。
謝るのは私の方。

「大好きだよ…」



それから、由乃さんはクスッ、と笑って言った。

「ねえ、試してみていい?」

近づいてくる由乃さんの顔を眺めながら。
ひょっとしたら仕組まれてたのかもしれない……と。

back