Prologue 1.
最初は新鮮だった大学生活も、一年もすれば慣れてしまう。
進級したとはいえ、学内で行動を共にする友人たちに変化はなく、自分自身にも変化はない。
せいぜい出席する講座やゼミが変わったくらいで、誰かが卒業した、入学した、ということに感慨を抱くこともない。
いつも通りの平凡な日常がそこにある。

不満は無かった。
講義やゼミには欠かさず出席し、頼まれれば友人の所属するサークルの手伝いもする。両親と、学業に支障の無い範囲で、という約束で始めたアルバイトも続けている。
ごく一般的な大学生よりも幾分忙しく、充実した毎日を送っていると言っていい。

それなのに、時々何もかもが虚しく思えることがある。



プァーン、と大きな警笛を響かせて電車がホームに入ってきてようやく、蓉子は我に返った。
肩に掛けた鞄を持ち直して電車に乗り込み、ドアの脇に立つと、ため息が零れ落ちた。

走り出した電車の車窓から見える景色は無個性で、どの駅も人が多いか少ないかくらいの違いで、たいして変わらない。
まるで自分の今の生活のようで少しうんざりする。
変化の無い穏やかな毎日。
そういうものだと、人は言うだろう。
それは幸せなことだと。
先月、祥子たちの卒業式に行った。
式に出席したわけではないから、正確に言えば卒業式の日に訪問しただけだ。
聖に呼び出されて。

聖に会ったのは久しぶりだった。
大学が違うのだから、たぶんそれは普通のことなのだ。一年会わない人だってざらにあろう。
連絡だってそんなものだ。聖は気が向けばメールやら電話やらで連絡してくるし、それが頻繁にあるかと思えば唐突に途切れることもある。

正直なところ、高等部を卒業して間もない頃は少し心配だった。
大学生は時間を自由に使える分、他人との距離を必要以上に置くことも可能だ。
聖が進学を決めた理由は理解しているつもりだったが、ちゃんと「学生生活」を送るのかが気にかかった。

けれど、それは杞憂に過ぎなかった。
ほどほどに講義に出席し、サボり、アルバイトをし、友人と遊びに出かける。
会って話をする度、平凡な大学生として日々を送っている様子が見て取れて蓉子は安堵した。

他人が思うより遥かに繊細な聖は、いつも何かに傷ついていた。
真面目すぎるのだ、と言ったらきっと本人は否定するだろう。
けれど生きていくことに対して聖は生真面目と言ってさえいい、と蓉子は思う。
社会に溶け込めないことに苦しんでいるのではなく、そんな自分は間違っているのではないかと考えて苦しんでいる。
だから祐巳のように自然体で生きている人に憧れて止まないのだ。その点に関して、聖と志摩子は本当によく似ている。
本質的に聖は生きることに真剣すぎるのだ。

その聖が、今は平凡で穏やかな生活を心から楽しんでいるという、その事実が喜ばしいと本当に思っているのに。
なぜ、会うたび心のどこかで隙間風が吹いているような気がするのだろう。

いつの頃か、それに気づいてから、蓉子の方から連絡を取ったことは一度もない。
聖から連絡の無い間は心穏やかにいられる。
聖と会わない間はいつもの自分でいられる。
でも、会った後はずいぶん長く引きずってしまうのだ。

今のように。

これはなんなのだろう、と蓉子は思う。

答えはどこにも見当たらない。
ただ、疑問と吐息だけが雪のように降り積もっていく。

やがて動けなくなるのではないかと錯覚するほどに。

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