Chapter 1.
人の流れを縫うようにして早足で歩き続ける。
待ち合わせの時間から十数分が経っている。
その程度の遅刻は毎度のことだけれども、今度ばかりは予定外だ。先に着いて驚かせようと企んでいたというのに。

『近々時間ある?お茶でもしようよ。』

カラリと晴れた空を見上げてから送信したメールは、すぐに返信が来た。
丁度今日時間があるというから、一時間後に蓉子の大学の近くで待ち合わせ。
十分余裕はあったのに、乗る予定だった電車の車両故障で迂回路線を使ったらこの通り遅刻で。
メールはしておいたけれども、気が急いてならない。

自分から声をかけておいて返事をしないとか、いつも遅刻をするだとか、そんなことを繰り返しているうちに、もしかするとそのうち愛想をつかされてしまうかもしれない、と思う。
半年ほど前までならそんなこと思いもしなかったけれど、今はもしかしたら、と考えてしまう。
「ごめん、遅れた」

待ち合わせのカフェに入るとすぐ、聖は蓉子の姿を見つけて駆け寄った。
蓉子の前に置かれたカップの紅茶はもう残り僅かで、いつも通りきっと時間よりも早く来ていたに違いないと分かって、なぜ今日遅刻してしまったのだろうと不運を嘆く。

「聖」

けれど、読んでいた本から視線を上げた蓉子は聖と目が合うと穏やかに、そして少し楽しそう、というよりも嬉しそうに笑った。

「そんなに急がなくても大丈夫よ」

連絡貰ってるんだし、と。

やむを得ない事情があったとはいえ、こうも穏やかに迎えられると思っていなかった聖は返答に詰まって立ち竦む。
促されて椅子に掛けると、蓉子はまた少し笑った。

「それで、今日は何?」

「え?」

「何か用事があったわけではないの?」

「いや、何もないけど」

「そう」

ため息をつくような小さな返事に、少しイライラする。
用事がなければ会えないような仲ではなかったはずなのに、たった一年と少しの間にこんなにも距離ができてしまったのかと今更ながら後悔する。
自業自得なのだとは思うけれども、イライラは止まらない。

「用事が無くちゃダメなの?」

苛立ちが声音に出てしまったのだろう、蓉子は驚いた顔をして聖を見た。
その事に、また後悔する。
けれど言い出したらもう止まらない。

「別々の大学には行ったけど、たまにはお茶ぐらいしてくれてもいいじゃない」

「聖」

「蓉子からは連絡をくれないし」

口に出してみると恥ずかしいくらいに子どもじみているとは思うけれど、それが偽らざる気持ちだった。
沈黙している蓉子がどんな反応を返すのか気になって仕方がないのに、それを気取られたくなくて腕を組んでそっぽを向く。
本当に子どものようだと自分自身が嫌になる。

蓉子が口を開く気配がする。

「聖」

名を呼ばれて、少し肩が震えた。
考えてみれば遅刻した挙句、会って早々喧嘩を売っているようなもので、もしかすると怒っているのだろうかと恐る恐る蓉子に視線を戻す。
蓉子は首を傾げて少し考えるようなそぶりをして、それから言った。

「……私に、会いたかったの?」

その言葉を聞いた途端、突然眼前を覆っていた霧が晴れたような気がした。
蓉子の言葉は聖の心情を正しく言い当てた。

そう、端的に言えば会いたかったのだ。
年端の行かない子どもが親を恋しがるように、構ってくれと駄々をこねている。

本当に子どもなのか、私は。

そう思って聖はもう何も言うことができない。
沈黙は何よりも雄弁で、返答をしなくても伝わったようで、蓉子は声を上げて笑った。
ムッとして文句のひとつでも言ってやろうと睨み付けたが効果はなく、少し記憶にないくらい楽しそうに笑う様子に声も出ない。

ひとしきり笑った後、蓉子がぽつりと言った。

「私も、会いたかったわ。聖」

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