Chapter 3.
「楽しそうね」

いつも通り、抑揚の少ない声で話しかけられたのは、次の講義までの空いた時間をだらだらと過ごしていたときのこと。

加東景という人物は聖にとって大学でもっとも親しく、一緒にいて気が楽な友人だった。
彼女は必要以上に干渉してこないし、かといって全く無関心というわけでもない。
今のように中途半端に空いた時間はくだらない世間話をしながら、お互い好きなように過ごすのが定番だ。

「楽しそう?」

おうむ返しに訊くと、彼女は軽く笑った。

「それ、水野さんからなんでしょう?」

それ、と指差したのは聖の手にある携帯電話。まさに今、蓉子からのメールに返事をしようとしていたところだ。

「あれ?お景さんたらヤキモチ?」

「まさか」

ふざけて返したが、あっさりと否定される。

「むしろ逆ね。喜んであげてるのよ。デートなんでしょう?」

「デート?」

「違った?佐藤さんたら、いつも水野さんと会う予定が入ったら浮かれてうるさいくらいだもの」

「……」

思わず目が点になる。
正直、自覚がないわけではなかったが、他人から指摘されると恥ずかしいとしか言いようがない。

数ヵ月前から、蓉子と頻繁に連絡を取るようになっていた。
どちらかというと聖が一方的にメールを送りつけて、それに蓉子が律儀に返事をくれるだけということが多いが、稀には今のように蓉子の方から連絡をくれることもある。
それが嬉しいというのは隠しようもない事実で、浮かれていると表現されても仕方がない。

連絡をもらうと嬉しく、会えるとなると目に見えて機嫌が良くなる自分。それを自覚しているのに、なぜなのか、という疑問からは目を逸らしてきた。

向かい合わなければならないということには薄々気づいている。
けれど答えを出すには早い気がした。何より、答えを出すことで今の心地よい関係が変わるのが恐ろしいと思う。

今はまだ、もうしばらくの間はこのままでいたい。
我儘だと言われようとも。

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