Chapter 6.
昔からクラス委員やら生徒会長やらを務めてきたこともあって、年末というものはだいたい忙しいものと相場が決まっていて。
余計なことは何も考えられずに、目の前のやるべきことをこなして、ようやくその忙しさを乗りきったと思ったら、今日という日がクリスマス・イブだということに気がついた。

いつになく、聖のことばかり考えながら帰路につく。

お互いの日常にお互いがいても、いなくても、滞りなく日々は過ぎていく。
もう少し寂しいものかと思っていたけれど、考えてみれば単純に自分が拒絶しただけで。

私たちは最初から何も変わっていなかった。
ただ、それだけ。

積み重ねた歳月は長くとも、それが紛い物なら一瞬で壊れてしまう。
そして、壊れてしまえば、もう二度と元には戻らない。
それを知っていたのに、あれくらいの軽口に耐えられないほど、私はもう誤魔化すことに疲れ果てていたのかもしれない。

目の前に聖がいても、すぐに反応することはできないくらいに。

「蓉子」

帰り着いたアパートの薄暗い灯りに照らされて、聖は私の部屋のドアの横で、壁に凭れて立っていた。

「……どうしたのよ」

深夜と呼ぶにはまだ少し早いとはいえ、もう夜も大分更けている。
それもこの寒い中、どのくらいここで待っていたのか分からない。

「蓉子が帰ってくるのを待ってた」

「連絡してから来ればよかったじゃない」

「そうしたら、来ていいって言った?」

言わなかっただろう、間違いなく。
今だって顔を会わせているのが気まずいと思っているのに。

「……入って」

私はため息をひとつ吐いて、部屋の鍵を開けた。
ヒーターをつけたら、聖はその正面に陣取って動かなくなった。
コートも脱がずに、背中を丸めて振り向きもしない。
でも、別に怒っているわけでもなんでもなく、ただ寒いだけのようだと分かって、私は普段あまり使わないエアコンの電源も入れる。

喧嘩別れしたようなものだったから、文句のひとつでも言うだろうかと思っていた聖は、私が荷物を片付けたり飲み物を用意したりしている間、ごく自然な様子で雑談を始めた。
最近入ったカフェが良かったとか、大学で祥子と会ってなにやら話をしただとか、はたまた江利子が突然電話してきて愚痴を聞かされただとか。
私はただ相槌を打つくらいで。

ひとつひとつの些細なことが、聖もまた穏やかな日常生活を送っていたのだと、教えてくれる。
私も聖も、それぞれの日々を過ごしている。
ただ、交わることがないままに。

「聖、そろそろ」

帰らないと、終電に間に合わなくなる。
温かいものを、と用意した紅茶はもう疾うに空になっている。

「もう少しいいでしょ」

「でも、終電が」

「どうしても帰らなきゃダメ?」

「当然でしょう」

けれど、聖は帰ろうというそぶりを見せない。

「せめて待ってた時間くらいは、いさせてよ」

「どれくらい?」

「うーん?たぶんあと二時間くらい?」

「……バカね」

私がいつ帰ってくるかもわからないのに、寒い中ずっと待ち続けて。

「バカなのは認める。だけど、蓉子と一緒にいたいと思うから」

また、そんなことを言う。

「蓉子、私は」

顔を上げた私を、聖はいつかと同じような瞳で見つめている。

「正直に言うと、自分の気持ちがよく分からない」

「……」

「でもね」

そう遠くない距離にいた聖が、隣に移動してくる。

「私は蓉子に会いたいと思うし、一緒にいたいと思うし、それから」

聖の手が、私の手を覆うように触れてくる。

「キスだってしたいと思う」

彫りの深い綺麗な顔を鼻先が触れそうなくらいに近づけて、低い声で告げられた。

こんなに近い距離で、逃げ場なんてなくて、目を逸らすなんてできそうにもなくて。

「聖」

「ん?」

「私だって、本当のところを言えば、分からないわ。あなたのことをどう思っているのかなんて、説明できない」

聖の瞳にほんの少し困惑の色が混じる。
私は温かくなった聖の頬に触れ、思い切って告げる。

「でも、キスしたいと思う」

聖は一瞬目を瞠って、触れていた私の手を握り締めた。

「蓉子」

聖の、もう一方の手が顎に添えられる。
わずかな距離がゆっくりと詰められ、目を閉じると唇が重ねられた。
角度を変えて何度も口付けられる。

初めてのキスが長くて、息が少し苦しくて、無意識に逃れようと身体を引いたその時、聖は見たことのないくらい真剣で、怖いくらいに熱が篭った目をして、私を見た。
目が合ったその瞬間、強く引き寄せられ、深く口付けられた。



ほの暗い部屋の外、朝が近づく音に、浅い眠りから私は目を覚ます。
隣で眠る聖の髪を指先で弄びながら、覚醒しきらない頭でぼんやりと考える。

もう少ししたら、聖を起こそう。
それから、一番に言おう。
とっくに日付は超えてしまっているけれど。

ハッピーバースデー、聖。

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